《税務Q&A》
情報提供 TKC税務研究所
【件名】
役員に昇格した時に支払わなかった使用人分退職金の損金算入時期について
【質問】
A社(3月決算法人)では、退職給与規程にもとづき、使用人から役員に昇格した者については、昇格時に使用人としての勤続年数に応じて計算される一定の退職金を支給することとしていますが、平成5年4月に入社し、平成20年4月に取締役に就任した代表者の長男である甲氏については、当時、リーマンショックの影響等により業績が落ち込んでいたことから使用人としての退職金を支払っておらず、現在まで未払となっています(会計上は未払退職金を費用計上し、税務上は申告調整で加算・留保処理をしています。)。 この甲氏に対する使用人分の未払退職金については、今後、実際に支払った場合には、税務上、損金に算入(申告調整で減算・留保処理)することは可能でしょうか。
【回答】
1 所得税法上、退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいう、と定義されています(所法30〔1〕項)。 つまり、退職給与とは、退職という事実に基づき、役員や使用人の在職中の職務執行の対価として一時に受ける給与です。退職前は、職務執行中であり、経費の損金算入の判定基準である債務確定基準に照らしても、具体的な給付原因事実、すなわち職務執行期間が終了して退職したという事実が発生していないことから(法基通2-2-12)、原則として、退職前には、損金算入は認められないと考えられます。2 このような原則的な取扱いに対し、法人税法上、使用人の退職前に支給された退職給与の損金算入を認める例外的な取扱いの一つとして、法人の使用人がその法人の役員となった場合において、当該法人がその定める退職給与規程に基づき当該役員に対してその役員となった時に使用人であった期間に係る退職給与として計算される金額を支給したときは、その支給した金額は、退職給与としてその支給をした日の属する事業年度の損金の額に算入することとされています(法基通9-2-36)。 これは、法人の使用人が役員に昇格した場合には、たとえ勤務関係は継続していたとしても、法律上は従来の雇用関係が解消して新たに委任関係となりますので、税務上も、使用人としての地位をいったん退職し、改めて役員に就任したものと考え、計算の恣意性を排除するための条件(すなわち、退職給与規程に基づき計算される金額)を付したうえで、昇格時の退職給与の損金算入を認めることとする取扱いです。 ただし、この通達の注書では、退職給与の打切支給に係る未払金計上を禁止する取扱いが準用されています。この注書の取扱いについて、通達の解説書では、役員昇格時における退職給与は、資金繰りの都合等でやむを得ず短期間その支給が遅れるといった個別事情がある場合はともかくとして、現実に支給するものでなければならないこととされ、これは、仮に漫然と未払金計上を認めることとすると、いわば退職給与引当金の全額積立てを認めることと同じ結果になり、課税上弊害があるからである、と説明されています(税務研究会出版局発行「九訂版法人税基本通達逐条解説」867ページ)。3 お尋ねの事例において、平成20年4月に使用人から役員に昇格した時点で会計上、計上された甲氏に対する使用人としての勤務に対する未払退職金については、退職給与規程に基づき認識されたものであることから、10年余り経過した現在でも、甲氏には退職金請求権が、また、A社には退職金支払義務があるものとも思われます。 しかし、税務上は、上記の通達に係る国税庁の解説のとおり、当該通達の取扱いは、「役員となった時に使用人であった期間に係る退職給与として計算される金額を支給したとき」、すなわち、昇格時において現実に支給された場合に損金算入を認める趣旨と解されます。 更に、お尋ねのA社のように昇格時に会計上未払計上して税務上自己否認し(又は昇格時には未払計上もせずに)、その後の任意の支払時に損金算入が認められるものとしますと、このような通達を設けた意味がなくなるとともに利益調整に利用される可能性も生じてきます。 したがって、役員昇格時に支給されなかったお尋ねの甲氏に係る使用人分の未払退職金を税務上、損金に算入する時期については、仮に、退職前に支払(未払退職金/現預金)が行われたとしても、その時点では損金として認識されず、甲氏が実際にA社を退職された時点で損金に算入(すなわち、申告調整で減算・留保)する処理が相当と思われます。
【関連情報】
《法令等》
【収録日】
令和 2年 8月14日