Q&A経営相談室
【人材育成】
ベテラン社員の技能を若手に伝承する法
 
Q:
 ベテラン社員の技術・技能の伝承で悩んでいます。社員の60歳以降の継続雇用も考えていますが、その間にできるだけ若手、中堅社員を鍛えたいと考えています。どんな方法があるでしょうか。(プレス加工業)
 
<回答者>東京農工大学大学教育センター 教授  森 和夫

A:
 これまで企業の製造を支えてきたベテランの持つ知識・技術・技能は多彩です。長年にわたって仕事に取り組み、改善に改善を重ねながら工夫してきたものだからです。その知識・技術・技能を受け継ぎ、発展させていくことは企業にとっても重要でしょう。伝承活動の困難さは技術・技能が「表現が難しく(暗黙知の表記が困難)」、「カン・コツの抽出が難しい」ことが挙げられます。また「体験、経験で学習する」ために時間もかかります。さらに、学習の進め方も体系的に整理できていないものが多くあり、壁は相当に厚いようです。
 さて、ご質問の若手・中堅社員への伝承活動の方法について要点を述べてみましょう。会社の中に教育の風土があり、技術・技能伝承に関しても社内での合意が得られているという前提で話を進めます。
 単にベテランに後継者を預けるのでは成果は挙がりません。まずは伝承計画を立てることです。誰が、誰を、何を、どのようにして、いつまでに、どの水準に到達させるかを書きます。ここで「誰が」はベテラン、「誰に」はその後継者としての適任者になります。「何を」は伝承の対象とする技術・技能のことであり、「どのようにして」は具体的な教育のやり方をさし、「いつまでに」は教育期間、「どの水準」は到達目標をどこにするかを意味しています。ここで大事なことは「伝承すべき内容を厳選する」ことです。技術・技能伝承で最大の問題は限られた時間の中で、確実に結果を出さなければならないことです。これは簡単なようで困難が多いものです。この活動には「暗黙知」を伝えることが含まれているからです。
 一方、伝承活動の中心であるベテランは即指導者ではありません。ベテランは自分の仕事を進めるために技術・技能を学んできたのであって自分の保有する技術・技能を指導する立場で見直したことがありません。ここに陥りやすい隘路があります。学習者にどう伝えるかという視点で自分の技術・技能を見直して、整理しなければなりません。これが充実していると伝承がスムーズになります。まずはベテランを指導者にすることが大事です。伝承活動を効果的に進めるには、技能を記述することです。あるいは、技術・技能伝承マニュアルを後継者と共に作るのもよいでしょう。カンは五感、感覚のことをさし、コツは要領やポイントです。学習者が「知りたいところ、出来ないところ」を伝えるのが原則ですから、学習者の目線で考えるのが重要です。よく、「技は盗め」という言葉がありますが、これは技術・技能がある水準に到達したときにできることです。未熟練者にはとうてい無理なことです。技術・技能伝承マニュアルは言葉ばかりでなく、数値データやポンチ絵、写真、動画も入れると良いでしょう。
 技能伝承は体験学習が基本です。例えば、ハンダ付け技能のポイントは「ハンダが流れる瞬間の感覚」と言われています。自分でハンダごてを当てて、時間が経過し、その瞬間を目の当たりにしたときに体を走る体感を持っているかどうかでその後の技能が決まるわけです。
 暗黙知の伝え方としては、その技能の学習に重要な課題を選んでやらせることです。ベテランならその最適課題を良く知っているものです。それをやって見せ、やらせて見せて、工夫させ、考えさせて、確かめるというやり方で行います。そのためには何を見せたいか、何をやらせるか、どこを確かめるかを予めまとめておくと良いでしょう。
 このようにして技術・技能伝承活動を展開すれば良いのです。企業の未来のために、働く若い社員のために、確信をもって技術・技能伝承活動を進めてください。
 

提供:株式会社TKC(2006年3月)
 
(注) 当Q&Aの掲載内容は、個別の質問に対する回答であり、株式会社TKCは当Q&Aを参考にして発生した不利益や問題について何ら責任を負うものではありません。
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