Q&A経営相談室
【法  律】
営業部長が部下を引き抜き独立したが
 
Q:
 営業部長が営業部全体の半数にあたる5名の部下を引き抜いて独立しました。会社として対抗する手段があったら教えてください。(住宅販売業)
 

<回答者>弁護士 新美裕司

A:
 対抗手段としては、(1)秘密保持義務違反の責任追及、(2)競業避止義務違反の責任追及、(3)社員の引き抜き行為に対する責任追及、(4)退職金の減額・不支給が考えられます。
 まず、(1)ですが、退職後の秘密保持義務については、不正競争防止法2条1項7号により、不正の競業その他不正の利益を得る目的またはその保有者に損害を加える目的で、営業秘密を使用・開示する行為が禁止されています。不正競争防止法における「営業秘密」は、a.他の情報と区別して秘密情報として管理され(秘密管理性)、b.一般に知られていない情報であり(非公知性)、c.事業活動を行う上で客観的な経済価値を有している情報であること(有用性)が必要です。不正競争防止法に違反した場合には、差止請求、廃棄・除去請求、損害賠償請求、信用回復請求ができます(同法3条、4条、14条)。
 退職した営業部長等が「営業秘密」にあたる顧客名簿等を使用しているような場合には、使用の停止、廃棄、損害賠償等を請求することが可能です。
 不正競争防止法違反に当たらない場合であっても、就業規則に秘密保持義務を定め、また、退職時に別途秘密保持契約を締結していれば、それに基づく損害賠償請求等が可能となります。

就業規則や個別契約で明示する

 次に、(2)ですが、これは使用者と競業する業務に退職者がついた場合に、損害賠償請求や競業行為の差止請求を行うものです。
 在職中は雇用契約の付随的な義務として、労働者は競業避止義務を負っていますが、退職後は、憲法22条により保障された職業選択の自由を有していますので、元の会社の競業避止義務を負うことはありません。そこで、退職後にも競業避止義務を負わせるためには、就業規則や個別の契約で明示しておく必要があります。
 もっとも、退職後の競業避止義務を定める就業規則等の有効性は、限定的に解されており、基本的には、a.保護に値する営業秘密に携わる一定の地位・職務内容を有する者を対象とし、b.競業禁止の期間・場所的範囲・対象職種が限定され、c.代償措置がとられていることが必要とされています。
 上記の要件を満たす規定や特約が存在し、営業部長等が対象となるときは、営業部長等に対して、損害賠償の請求や競業行為の差止請求を行うことができます。
 (3)についてですが、在職中は、信義則上、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないという誠実義務を負っていますので、引抜き行為が誠実義務違反に当たる場合には、債務不履行に基づく損害賠償責任を追及することができます(民法415条)。ただ、誠実義務違反といえるのは、引抜き行為が単なる転職の勧奨の域を超え、手段・方法・態様が社会的相当性を逸脱した方法で行われた場合に限られます。
 退職後は誠実義務は消滅しますが、引抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われ、不法行為に当たる場合であれば、損害賠償請求が可能です(民法709条)。
 営業部長が、会社の正当な利益を考慮することなく、引抜き及び独立行為を秘密裏に行い、その結果会社の業務に重大な支障が生じたようなときは、営業部長に対して債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を請求することが可能です。
 最後に、(4)ですが、労働者が退職後、競業他社に就職した場合に、退職金を減額または不支給とするには、退職金規程にその旨の明確な定めが必要です。当該規定が有効とされるか否かは、競業禁止期間や減額率等を総合的に考慮して判断されます。裁判例では、不支給にすることが認められるのは、永年の勤続の功を抹消してしまう程の不信行為がある場合に限られることが多いようです。

提供:株式会社TKC(2006年6月)
 
(注) 当Q&Aの掲載内容は、個別の質問に対する回答であり、株式会社TKCは当Q&Aを参考にして発生した不利益や問題について何ら責任を負うものではありません。
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