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不況が続く昨今、売上の落ち込みで賃金カットを実施しなければ存続さえ危ぶまれる、という企業も少なくないようです。とはいえ、賃金カットは一歩間違えば社員に大きな精神的ダメージを与え、モラールの低下を招きかねないものです。実施する際には、その辺りに細心の注意を払わねばなりません。
では、会社への忠誠心や仕事への情熱を失わせることなく賃金カットを実施するには、どんな手順をふめばよいのでしょうか。以下、3つのステップにわけてご説明します。
まず第一に必要なのは、(1)『全社員に対し現在の会社の経営状態と見通しの報告』をすることです。社員に対して詳しい状況説明もせず賃下げを行い、ただ単に「頼むから今は我慢してくれ」と語りかけるだけでは、社員は会社のおかれている状況を現実以上に深刻に受け止めてしまいます。それを防ぐためにも経営の現状をしっかり伝えてあげるべきなのです。
社員への報告は、全社員を集めての説明会を開催するなどして行います。社員が理解できるように、現在の経営状況と賃金カットをすることで得られるメリットをわかりやすく説明します。
賃金カットの最大のメリットは、人件費という固定費を圧縮することによって、損益分岐点を下げることにあります。損益分岐点が下がれば、従来より売上が多少落ち込んでも、収益の面では差がないことになります。そのロジックは、縦軸を費用、横軸を売上にした、右のような図表を用いて解説するとよいでしょう。
さらにそのうえで、(2)『今後の再建プランの説明』をします。「新商品の開発」「顧客サービスの強化」「人材育成の強化」などの打開策を具体的に説明していきます。
賃金カットは業績が回復するまでのいわば“時間稼ぎ”なのです。経営者にはその「時間」という貴重な資源を無駄にすることのない、効果的な再建プランを考えることが求められます。
そして最後に、(3)『社員一人ひとりの役割分担にまで落とし込んだ再建プランの提示』を各社員に対して行います。つまり「会社を再建するために自分が担うべき仕事は何か」ということを明確に示してあげるのです。そうすれば、どの社員も「会社の再建は自分の手にかかっている」と認識し、士気を低下させることなく自分の役割をまっとうすることに全力を尽くしてくれるはずです。
また、社員の家族に対しても(1)〜(3)の内容を手紙等を通じて伝えてあげることも必要でしょう。家族からすれば、働き手がどんな状況に置かれていて、どんな理由で賃金カットをされたのかは非常に気になるものですし、今後の再建プランを伝えることで、うまく家族からの応援を引き出すことができれば、社員を支える強い力になってもらえることが期待できます。
攻めの賃金カット
とかく日本の経営者は、賃金カットをタブー視して最後まで手をつけたがらない傾向にありますが、ジリ貧に陥る前に一つの戦略として賃金カットを行うという考えを持ってもらいたものです。「攻めの賃金カット」という意識で賃下げをし、モラールダウンどころか社員のモチベーションをあげることに成功した例は珍しくありません。
そのひとつが、ある新聞販売店の例です。そこの社長は数年前に、新聞の購買部数の落ち込みから正社員の毎月の給料を一律6%下げ、その分を業績連動のボーナスに回す賃金制度の変更を決意し、全社員を集めて説明会を行いました。その場で社長は、今後、会社の業績が伸びた分はすべてボーナスの原資に回すということを説き、業績次第ではこれまで以上の賃金を手にできることを約束しました。現在、その店は社員の従来以上の頑張りで、業績回復に向けて着実に前進しています。
(インタビュー・構成/「戦略経営者」・吉田茂司)
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