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憲法は、職業選択の自由を基本的人権の1つとして保障しています。したがって、一般的には、労働者は、会社を退職すれば、同業他社に就職しようが独立自営業を営もうが自由です。
しかし、営業上の機密や特殊な技術に関わっていた労働者が競業会社に就職したり、独立すれば、自社の営業秘密等が外部に洩れ、時には重大な損害を被ることがあります。
そこで、会社は、労働者が競業会社に就職したり、独立することを制限(これを「競業避止義務」という)することができるのか、という問題が生じます。
最小限で合理的なものなら有効
会社が労働者に競業避止義務を課すことは、労働者の職業選択の自由を制限することになりますので、裁判所は、「競業避止の内容が必要最小限の範囲であり、また当該競業避止義務を従業員に負担させるに足りうる事情が存するなど合理的なものでなければならない」(平12.6.19大阪地裁判決)と条件つきで認めています。
義務を課すには特約が必要
ところで、一般的には、労働者に競業避止義務を課すことができるとしても、何の根拠もなくこの義務を課すことはできません。
裁判例ではこの点について、労働者が雇用関係継続中に「習得した業務上の知識、経験、技術は労働者の人格的財産の一部をなすもので、これを退職後にどのように生かして利用していくかは各人の自由に属し、特約もなしにこの自由を拘束することはできない」(昭43.3.27金沢地裁判決「中部機械製作所事件」)と、特約がなければ競業制限をすることはできないとしています。
なお、この特約については、「就業規則で、このような規定を設けることにも、一応の合理性が認められる」(平8.12.25大阪地裁判決「日本コンベンションサービス事件」)と、特別な競業避止義務契約を締結しなくとも、就業規則の規定で差し支えないものとしています。
特約の有効性の判断基準
だからといって、特約があれば、いつでも労働者に競業避止義務を課すことができるわけではありません。
具体的にどの範囲なら特約の有効性が認められるのかについて、裁判所は、1.競業避止の期間や地域、職種の範囲、2.使用者の利益(企業秘密の保護)と労働者の不利益(転職、再就職の不自由)とのバランス、3.社会的利害(独占集中のおそれとそれに伴う一般消費者の利益)を総合的に見て判断すべきものとしています(昭45.10.23奈良地裁判決「フォセコ・ジャパン・リミテッド事件」)。
義務違反に対する対抗措置
労働者が競業会社に転職したり、独立自営したことによって、従前の会社に不利益を被らせまたはそのおそれがあるときは、会社は、1.競業の差し止め請求、2.損害賠償請求、3.信用回復の措置などの法的措置をとることができます。これらの法的措置は、不正競争防止法という法律に定められたものですが、企業が行う対抗措置には、このほか退職金の不支給または減額措置があります。
最高裁の判例では、「この場合の退職金の定めは、制限違反の就職をしたことにより勤務中の功労に評価が減殺されて、退職金の権利そのものが一般の自己都合による退職の場合の半額の限度においてしか発生しないこととする趣旨であるから」、労働基準法の規定や民法第90条の公序良俗の「規定等に何ら違反するものではない」(昭52.8.9最高裁第二小法廷判決「三晃社事件」)と、退職金の減額を有効としています。 |