Q&A経営相談室
【危機管理】
受取手形と手形用紙・印鑑を盗まれてしまったが…
 
Q:
 取引先から回収した手形のほか、約束手形用紙と印鑑を盗難にあってしまいました。どういう処置をとったらよいでしょうか。(機械部品製造業)
 
<回答者> 弁護士 野村憲弘

A:
 受取手形の盗難の場合、手形を盗まれたからといって、直ちに手形上の権利を失うわけではありません。しかし、盗難後にその手形を事情を知らずに譲り受けた第三者がいた場合には、手形法上の善意取得という制度(同法16条)により、その第三者が手形上の権利を取得することがあり、その場合反射的効果として手形を盗まれた者は手形上の権利を失います。善意取得の場合でなくとも、たとえば手形を盗んだ者が事情を知らない手形の振出人から巧妙に手形金の支払を受けてしまえば、手形上の権利は消滅してしまいます。
 そこで、とりあえず支払をストップしてもらうため、振出人に手形の盗難の事実を連絡し、手形の決済銀行に「事故届」を出すことを依頼するべきです。手形は通常は銀行で決済されますが、それは振出人が銀行に決済を依頼しているからであり、振出人が盗難にあった具体的な手形を支払わないように指示すれば、銀行はその手形の決済をすることはできなくなります。ただし、盗難の場合でも、手形が交換に回ってくれば、これに対して支払をしないときは手形は不渡となります。盗難の場合の不渡は資金不足等の不渡とは異なり銀行取引停止には直結しませんが、振出人及び銀行には十分な説明をしておく必要があります。
 振出人が事故届を出してくれない場合は、手形の所持人として決済銀行に盗難の事実を通知しておくべきです。事故届として受理されなくとも、これにより銀行が当該手形の支払をするにあたって一定の注意義務が生じます。
 また、後述の手続のためにも、速やかに警察へ「被害届」を出しておくべきです。
 善意取得が生ぜず、第三者が手形上の権利を取得しない場合は、手形の所持人であった御社は手形上の権利を失いません。しかし、手形上の権利を行使するためには、公示催告及び仲裁手続に関する法律に従い、裁判所に「公示催告」の申立てをして、「除権判決」を得る必要があります(この場合、手形の振出人に対して、手形金の供託又は相当の担保の提供を請求して支払を確保することができます)。除権判決を得れば手形上の権利を行使できますが、手形要件の一部(振出日等)が記載されていないいわゆる「白地手形」の場合、除権判決を得ても手形上の権利を行使することができません(最判昭和43年4月12日)から、手形所持人としては、手形が振り出された原因関係(売買等)に基づいて、振出人に支払を請求する他ありません。

「未使用手形喪失届」と「改印手続」

 手形用紙及び印鑑の紛失の場合には、手形用紙に記名押印がされていない限り、その手形用紙は単なる「紙」であり「手形」ではないので、御社が手形上の責任を負うことはないはずです。しかし、本件では印鑑も盗難にあっており、手形用紙に御社の記名押印がなされて交換にまわってきた場合、銀行としては印影を照合して印影が間違いなければ券面額を支払いますし、その場合当座勘定約定上、銀行は免責されます。したがって、銀行に対して速やかに「未使用手形喪失届」を出し、「改印手続」をとるべきです。これにより、銀行は手形の支払ができなくなります。不渡の問題は前記と同様です。
 盗難にあった手形用紙に御社の記名押印がされていた場合には、その手形用紙は単なる「紙」ではなく「手形」だと解釈される余地も出てきます。この場合は、御社としては、銀行に前述の「事故届」を出す一方で、前述の「公示催告」の申立てをしておくべきです。これにより、当該手形の効力がなくなるからです。
 以上のどの場合であっても、第三者が、正当な手形の所持人であるとして手形上の権利を主張する場合があり、その場合、御社としては、相手が正当な権利者ではないと主張・立証する必要が生じます。そのような局面では、盗難後速やかに振出人や銀行に連絡し、警察に被害届を出し、公示催告の申立てをした、という事実は、立証上御社の利益に働くことも考えて対処するべきです。

提供:株式会社TKC(2001年7月)
 
(注) 当Q&Aの掲載内容は、個別の質問に対する回答であり、株式会社TKCは当Q&Aを参考にして発生した不利益や問題について何ら責任を負うものではありません。
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