■税理士試験合格のための心構え

TKC全国会会長 武田隆二1.プロローグ

 会員税理士先生方の中には、税理士試験を目ざして勉強している子弟や職員をお持ちの方がおられることでしょう。早く合格してもらいたいと、日々、願っている先生方も多いのではないでしょうか。今回、そのような受験生に対して、受験に向けての「心構え」について述べてみたいと思います。
 こうして書いてみますと、合格に向かっての心構えも、税理士事務所の繁栄を願う心構えも、似たところがあるように感じられてまいります。
 かつて大学時代に国家試験の受験生であり、その後、助教授時代には専門学校の講師として受験生の教育を担当し、また、国家試験の試験委員として問題を作成するとともに、受験生の答案を採点してきた経験を踏まえて、受験生に多少とも役立つようなアドバイスができればという思いで書き綴ってみました。
 これまでに大学院や学部の学生、それに専門学校の受験生を対象に話した事柄を想起して、ここにまとめてみることにしました。

2.試験に「なりきる」ことの必要性

<受験生の質問に対する回答>
 国家試験の受験生からの質問は、いつも決まって、「勉強はどのように進めるのがよいでしょうか」、「勉強の仕方を教えてください」ということに始まり、「合格できるような答案は、どのように作成したらよいのでしょうか」という類のものが多いのですが、中には「合格の秘訣があったら、教えてください」というちゃっかり組もいないわけではありません。そんなうまい秘訣があるものなら、私が聞きたいぐらいです。
 このような質問に出会ったとき、国家試験に合格するためには、まず次のような心構えが必要です、と答えるようにしています。
受験に当たっては、真剣に「試験になりきる」ことが必要である。

 少し前の出来事ですが、車で大学へ行く途中のこと、チャンネルをNHKラジオ第一放送に合わせると「夏休みこども科学電話相談」という番組が放送されていました。その場面の紹介から始めたいと思います。

<女子中学生の質問の内容>
 アナウンサーが、投稿のあったある女子中学生の質問を読み上げ、紹介しました。質問の内容は、次のようなものでした。
「私としては『犬』を描いたつもりなんですが、皆に『猫』だと言われます。どうしたら『犬』をうまく描けるようになるのでしょうか。」

<先生と女子中学生との電話でのやり取り>

先生 あなたは「犬」が、嫌いではないですか。
生徒 いいえ。好きです。
先生 じゃあ、きっとあなたは「犬」を「すごく、可愛い」と思っているでしょう。
生徒 はい、そうです。
先生 犬は「人をかむ」、怖い面もあるんだよ。これから、犬を見るとき、怖い面があると思って、ご覧なさい。きっと、「犬らしい犬が描けると思います。」

<先生の解説>
 犬をよく観察し、犬にも「可愛い面」と「怖い面」のあることを知ることで、本当の犬が描けるようになるというのです。対象には二つの面があり、その一面だけを見ていたのでは、本当の「良さ」を理解できないということですね。そのことを解説して、先生は次のようなアドバイスをされました。

「絵をうまく描くためには、『そのもの』になりきることが必要なんです。
 ◇『犬を描くときは、犬になりきって描くこと』
 ◇『建物を描くときは、自分で心に抱く建物になりきって描くこと』

<「そのものになりきる」とは>
 「そのものになりきる」とは、「そのものに徹する」ということに繋がります。スポーツの場合でも同じことですね。私たちは、小学校時代に鉄棒を体育の授業でやらされた経験があると思います。
 中には「鉄棒なんて、思い出すのもイヤだ」という方もいるかもしれませんが、「鉄棒」という教科は、昔も今も同じように、体育の科目のなかで大きなウエートを占めているのはなぜでしょう。その学習の課題は、「身体を通じて学ばせる」ということにあるのです。そのことはしばらく措き、差しあたり、私の小学校時代を回想しながら、鉄棒のやり方について、書いてみます。
 背の高い順番に整列して、4人が一組になり、順番に鉄棒に飛びつき、「前方回転下り」という簡単な動作から始めたことを思い出します。この動作を「なめらかに」しかも「綺麗に」行うには、やはりコツがあります。それを解説すると、次のような動作の連続となるのです。

(1)
鉄棒を両手でしっかりと握り、膝をバネにして、飛び上がり、おなかで鉄棒を支えるとき、手をしっかりと伸ばして、前方をみるようにします。
(2)
前方に回転して、降りるときは、胸を張って、上体を前に倒しながら、大きくゆっくりと回転する。
(3)
その時、膝やつま先を伸ばし、鉄棒の下に着地する。

 ざっとこんな具合になると思います。鉄棒も幾つかのステップを経て、「蹴り上がり」に進むと少々難しくなってきますね。
 小学校時代に学んだことは、鉄棒ができない友達にそれができるまで教えてあげることの難しさでした。先生に指名された数人が、放課後、校庭で先生に代わって教える役をやったことが、後年さまざまな面で役に立とうとは考えもしませんでした。その時に覚えたコツは、いま言葉にして表現すれば、「鉄棒と一体となる」ということだったように思います。
 鉄棒のできる生徒達は、鉄棒を怖がらずに、「鉄棒と一体」となれば、すぐにできるということを早目に会得した子供達です。鉄棒が苦手な友達は、「鉄棒を怖がって」、鉄棒から身体を離してしまうことが欠点です。そのことを子供ながら、動作と言葉で一生懸命に教えるのですが、うまく伝わらなく、教える難しさを知ることができたことは有益でした。
 できるかできないかは、紙一重ということです。鉄棒に身体を押しつけ「一体となる」か、それを「怖がって」、鉄棒から身体が離れるかの違いであるといってよいように思います。
 税理士試験についても、同じことが言えます。

  「試験を厭わず」、「試験を怖がらず」、
    「誰かが必ず合格する」のだから、
        その一人になるのだという気持ちを持って
  「試験になりきる」ことが必要だ。

 このような心構えがあるかないかが、成否を分かつ岐路となるのではないでしょうか。次に、いま一つの挿話を、ご紹介しましょう。

3.「環世界」に生きる人が合格する

 人間でも、動物でも、植物でも、生あるものはすべて、置かれている場の状況に適合するような形で生存し、そこにはそれらに適合した生き方のルール等(物差し、生き様)があって、調和が保たれています。
  次の話題は、新聞に公表されたエッセイの一部の引用です。

 夜更けに一人、コンビニに買い物にいく。もう人影はない。僕の靴音だけが響く。
 角をまがって、ぎょっとした。
 塀の上で、猫が一匹うずくまっている。黒猫だろうか、体の半分くらいは闇の中。まるで彫り物かなにかのように、身じろぎもせず、じっとこちらを眺めている。僕もしばらく見返したが、根負けした。何しろあちらは超然たる風情。
 歩きながら思った。寒い戸外にうずくまって、あの猫はいったい何を考えているのだろうか。僕たちとはまったく違う世界に生きているはずだ。

 『吾輩は猫である』は名作だが、猫の皮をかぶった漱石の世界にすぎない。そうだ、猫になろう。猫の気持ちにならないと、あの世界は見えてこない。

 ドイツの生物学者フォン・ユクスキュルは「環世界」という言葉で、動物はみなそれぞれ特有な世界に生きていると論じた。感覚器官も神経系も種ごとにさまざまだから、考えてみれば当たり前の話である。
 だがほんの百年前くらいまで、ヒトだけがその精神によって世界を正しく認識していて、ほかの動物はいわば機械みたいなものだと信じられていたのである。
 それでたくさんの誤解が生まれた。動物は本能だけで生きているとか、文化を持たないとか……。
 20世紀の科学は、ヒトと動物のあいだに明確な断絶は無いことを明らかにした。僕たちをとりまくITも、所詮は生物的な情報処理の延長なのである。
 そんなことを考えながら帰ってくると、さっきの猫はまだ同じ所にいた。目が合うと、ニヤッと笑ってのそのそ行ってしまった。むむ、貴殿の心中いかに?(下線・太字は引用者)

出所:日経新聞 H15・01・22 西垣通(東京大学教授)

 このエッセイのポイントは、次のようなものです。
(1)
夏目漱石の名作『吾輩は猫である』が、名作として後世にその名を残すことができたのは、漱石は「猫になりきって」すなわち「猫の気持ちになって」書いたことによるものでしょう。
(2)
動物には「環世界」という「動物それぞれの種に特有の世界」に生きているものです。猫を理解しようとするならば、猫の気持ちにならなければなりません。
(3)
ITを技術として、人間から区別して扱うのではなく、「ITも所詮は生物的な情報処理の延長」として位置づけてこそ、「正しいITの発展」が望まれるところです。

 このエッセイは西垣通氏(基礎情報学専攻)が書いた一文ですが、動物たちの世界を「環世界」として捉えるとき、「動物にはそれぞれ特有な世界」があるのですから、それぞれの種の属する世界(環世界)を人間世界と同次元の目線で理解してこそ、正しい見方ができることを説いていることに注目したいですね。

4.モノの世界をヒトの世界からみる

 動物の世界には「環世界」といわれる固有の領域があり、人間と動物を同次元的に見てこそ、真に相手の心を読み取ることができるという話を述べたのですが、モノの世界ではどうでしょうか。
 次の話は、(株)ダン(靴下専門店)の越智直正社長(63歳)のテレビインタービューから拾ってみました。少し前の話で恐縮ですが、NHKテレビでの特集番組――「にんげんドキュメント」〈裸足に賭けた人生〉H15・02・20、午後9時25分――からのものです。
 靴下は履き心地が第一であると、35年間、毎日、はだしで出社する名物社長が登場しました。はだしで出社するのは、靴下を履かない状態で、新製品の履き心地を確かめるためなのだそうです。
 「リブ編み」(ゴム編み)の技術力と履き心地で、外国製品に勝る優れた製品を作り上げ、低迷する日本の靴下業界で「第二の皮膚」の様な履き心地を目ざし、品質で勝負するというのが、社長の考えだそうです。
  この番組で、注目したのは、アナウンサーが「最後に社長一言」をと言われたときの次のような言葉でした。

「靴下になって、人の足のあちこちの具合を見て回りたい」


  「環世界」の話に通じるものがありますね。小括してみましょう。
(1)
豊かな現代において税理士試験において「合格」を勝ち取るためには、どうしても「努力」と「集中」が必要となります。税理士試験に向かって「努力」し、そのことに「集中」することが、「試験になりきる」ということです。
(2)
安易な生活態度」(娯楽やアルバイトにかなりの時間を割くような生活態度)は、「試験になりきっていない」証拠であり、合格は覚束ないのではないでしょうか。

5.合格するには「謙虚な姿勢」が必要だ

<孔子が弟子に諭したことば>
 何事によらず、人間の進歩は何を措いても「謙虚」な姿勢が大切です。『論語』の中に、孔子が門人の子路の「知ったか振り」を戒めた次のような言葉があります。

  「之を知るを之を知ると爲し
      知らざるを知らざると爲す
        是れ知るなり」(爲政第二)

 上の言葉を直訳的に、現代風に言い換えれば、次のようになるでしょう。

  知らないことは、知らないといい、
    知っていることは、知っているということこそ
         真に知ることである。

 試験に関連づけて、いま少しパラフレーズしてみましょう。

 税理士試験について知らないことがあれば、
    その場ですぐに理解するように努め、
 知らないことを知ったか振りして、振る舞うことは、
    本当にその知識を自分のものにすることができないのだ。

<小括>
 税理士試験に合格するためには「謙虚さ」が必要です。極端にいうと「なりふり構わず、勉強に取り組むこと」が必要で、知らないことを、知っているかのように「振りを付ける」(知ったか振り)は、避けるべきでしょう。知らないことは、知らないとして、すぐその場で、知らなかった知識を補充するという態度が必要です。目標は試験に合格することにあって、格好を付けることではありません。
 私のゼミナールで、少々協調性の乏しいと思われるT君という学生がいました。彼は4年生になって、ある国家試験に合格しました。卒業年次になると、ゼミ生をわが家に招待し、一夕大いに騒ぐのが慣行であった頃のことです。T君は、当時としては珍しい黒地に金ぴかの舞台衣装顔負けの格好でやって来て、「昔変人、いま時の人」と言って挨拶したことが印象的でした。
 受験に当たっては、「変人」が好ましいということを述べようというのではありません。外面は変人らしく見えても、自分の能力に応じて試験に率直であることが、良い結果を出すように思われます。「知ったか振って」、「知らないことを、知っているという態度」をとったとき、その人は、そのレベルに止まり、前進しません。試験の折りに、最高の力を出し切れるように自己管理することが必要だということですね。

6.合格を果たすには「思想」が必要だ

<自己の確立と思想>
 何事も「思想」を持つことが肝要です。ここで「思想」というのは、事に当たっての「ものの考え方」とか、「将来への見通し」とか、「方向性」とか、さまざまな表現のものであってよいのですが、要は「そのことをなぜ行わなければならないのか」という「確固たる信念」という風に置き換えてもよいでしょう。
 システムには、基礎となる「ハードな部分」と、その上を流れる「さまざまな知識の構造」としての「ソフトな部分」とから成り立っています。構築物を考えれば分かるように、建物の基礎がしっかりしていないと、ちょっとした地震にも耐えられず、崩れ去ってしまいます。
 経営戦略にせよ、経営計画にせよ、その基礎に経営者としての「確固たる信念」、「理念」、「ものの考え方」をもっていなければ、いかなる戦略も成功を収めることができません。それだけに、受験生としての「自己の確立」ということが基本です。受験生としての「思想」とは、いま自分は「何のために勉強しようとしているのか」、また、「いつまでにその目標を達成したいのか」、「目標達成後に、どのような税理士となって活躍したいのか」という一連の方向性をしっかりと確立して、受験に向かう人が合格を早目に勝ち取る人だと考えます。

<最近の出版物から>
 少々前に出た本で、秋月昭彦他著『SEの持つべき「思想」――できるSEは何を考え、どう動いているのか』(すばる舎、H15)という本が、新聞の広告欄に大きく掲載されたことがあります。
 この本の帯には、「一流か否かを決めるのは技術ではない思想なのだ」と書かれていました。ここで内容の紹介はできませんが、技術が命と考えられるシステム・エンジニアでも、基本は「思想」であるという辺りは、やはり広告のためのコピー(キャッチ・フレーズ)としてうまく突いた表現だと思いました。

<そこで一言>
  ここで税理士試験に向けての一言がなければなりませんね。試験を「技術」と考えて、「答練」(問題中心の答案練習)を主体においている受験生は、出発点において始めから後れをとっているのではないかということです。

 試験は、単に「技術」(戦術)だけでは、合格できない。
              「思想」(戦略)が必要だ。

 このことを受けて、次に戦術と戦略について、試験に関連づけて説明したいと思います。

7.戦略と試験

<思想と戦略>
 「税理士試験」には、「思想」が必要だと述べましたが、ここで「思想」というものを、先の説明とは違ったアングルから解説しますと、「何が重要で、何が重要でないか」の「価値判断」ができるような「しっかりした考え方」と理解してよいでしょう。
 このように考えますと、「思想」というのは、「戦略」と同じような意味を含意しているといえるのではないでしょうか。というのも、「戦略」とは、意思決定者が、その置かれている「場」の局面に対応して、適切な行動をとりうるスキーム(企画)として定義できるからです。したがって、戦略は「状況関連的な適応行動計画」を意味するものとして端的に表現できることになります。それは、状況に応じた「ソフトな適応行動」により、目的を達成すためのスキームであると言い換えてもよいと思います。
  少々、抽象的でしたので、この内容を税理士試験に関連づけて説明したいと思います。前では単に「戦略」と書きましたが、税理士試験に向けて戦略を考えた場合、当然に「受験戦略」ということになります。ここで「受験戦略」というのは、受験者(意思決定者)が試験場で答案に向かった局面(その置かれている「場」の局面)に対応して、どのような切り口で解答するかの方向付け(適切な行動をとりうるスキーム)を意味しています。つまり、その場に与えられた問題に対して、いかに臨機応変に解決の糸口を見いだしていくかということです。

<「ハード構造」と「ソフト構造」>
 戦略は、上に述べたように、その場における状況関連行動としてソフトな性質のものですから、それが効果的なものとして機能するためには、その戦略設定の基礎に何らかの「基盤となる確固たるもの」、すなわち、「ハードな行動基盤」がなければなりません。つまり、戦略が「ソフト構造」の体質のものであれば、それを支える「ハード構造」の体質のものがなければならないというわけです。

<受験に絡めて理解する必要性>
 ハード構造とか、ソフト構造ということを述べましたが、そのことを税理士試験に絡めて理解したらどうなるのでしょうか。税理士試験において、「ハードな行動基盤」となるものは、「専門に関する知識」です。こんな風にいうと変哲もない言葉のようですが、試験が会計学や税法に関する試験である以上、当該専門に関する「知識」・「技術」が求められているのですから、「ハード構造」となるものは、会計学や税法について、専門家となるために必要な確固たる「知識」・「技術」をもっていることが前提となります。
 しかし、専門に関する「知識」や「技術」は、言うなれば「戦術」に属し、それを保有するからといって、「戦場」(試験場)において効果的に活用できるかどうかということとは別問題です。ここに状況関連的な適応行動が求められることになります。いわばその場における試験問題に対して、柔軟に対応できるだけの「ソフトな行動基盤」を持ち合わせていなければならないということです。
  ここに専門に関する「知識」・「技術」を相互に関連づけて、自由に操ることのできる「応用力」が必要となるわけですね。応用力は、受験者が保有する専門に関する個々の知識を結びつけ、関連づける能力、つまり知識の「リンケージ」とその「活用」が縦横に使いこなせなければならないということです。

8.会計学の「個」の知識とそのリンケージ

<モジュール・リンケージ>
 永年の間、受験勉強を続け、財務諸表論の知識は十分にもっているはずなのに、なぜか合格できないという方がおられます。このようなケースの多くは、財務諸表論に関する「個」の知識の集積があるのですが、「個」と「個」との絡み合いとか、「全体」に占めるその「個」の意味合いといった知識に欠けていることが多いように思われます。
 断片的な「個」の知識は、ある程度の勉強で一応の水準に達することができます。しかし、財務諸表論の理論科目では、それに加えて大きな視野に立っての一言が求められている場合が多いように思います。「木を見て、森を見ず」の喩えに似ていますね。
 この欠点を克服するためには、勉強の要点をサブノートの形で整理することが良いでしょう。時間がかかりますが、成功率は高くなります。また、同好の氏を募り、勉強会を開き、議論することで、自分の知識の不十分さを発見することも必要です。覚えた知識を友人間で話し合うだけで、その知識が自分自身のものになっていきます。覚えた知識を自分の言葉として発言し、議論するということは、一つひとつの知識(モジュール=部品)が互いにつながって機能するということです。「知識と知識との連携」(モジュール・リンケージ)ができ上がることになるわけです。
 自分独自のサブノートを作る時間がとれない人は、専門学校のレジュメに関連づけのメモを書き込むことです。専門学校の先生方は受験指導のベテランですから、授業の中での説明に必ず関連づけのための重要な説明をすると思います。そのことを書きとどめることです。復習の過程で関連づけが分からないときは、専門学校で質問して、確認することを実行してください。実力が急速に進展すること請け合いです。

<要点はこれだ>
 何事も行き詰まったときには「原点に帰れ」という言葉があります。合格予備軍の受験生は、勉強を始めた時の気持ちに戻り、「基礎から徹底して勉強」をし直すことが必要です。勉強するに当たっては、正統派の理論書を選び、じっくり腰を据えて読み込むことです。
 理論の勉強に当たっては、絶えず「全体」と「個」との関係を意識し、あるいは、「個」の背後にある仕組みや考え方との関わり合いに注意して理解を深めることが必要です。覚えた知識を自分の口を通じて表現するように努めてみてください。
 要は、知識を静止した状態で固定化させるのではなく、知識と知識とを関連づけて、絶えず「コトコト」と動く状態で保持することが、合格への道につながっていくように思われます。

<「概念」と「概念」との対称的理解が欠けていないか>
 私どもの知識と呼ばれるものの中には「ある概念」から「他の概念」が導かれ、相互に関連し合いながら「全体の構造」を形づくっているものが多いのです。「しっかりした良い論文」は「論理的である」と言われますね。この論理性は、全体構造の中での概念の「仕組み」ないし「組み立て」(内部構造)を的確に描いている論文に対して言われます。
 合格水準に達する答案を書くに当たっては、普段から「概念の対称的理解」を怠らず、それをサブノート化しておくことです。サブノートを用いて答案を作成することで、記述と記述との間にコントラストのある文章ができ上がり、それがあたかも一幅の絵になって試験官の目に映ずるとき高い得点が得られるはずです。「概念の対称的理解」ということは、図形を作成する場合のノウハウとしても重要です。

9.エピローグ

 国家試験に合格するための勉強は、かなりきつい仕事です。ただ税理士試験の場合、1科目ずつ受験ができることから、受験者の心の中には「1科目ずつぼつぼつと、ゆっくり」勉強して、科目合格を果たせばよい、という安易な考え方があるように思われます。
 受験生の個人事情に差がありますので一概に言えないのですが、一般論としていうならば、仮にアルバイトをしながら1科目を3年掛けて合格するのと、試験に集中して1年ないし3年で全科目に合格するのとどちらが効率的かということでもあります。人それぞれに我慢の限界があるように思います。努力し、我慢する時間は、分散するよりも、集中して使う方が効果的と考えます。
 専門学校に通えば、自然に合格できると思っている人がいます。そういう人は学校で時間を過ごしていることで、勉強した気持ちになっているのではないでしょうか。しかし、それは「勉強した振りをしている」だけで、「本当の勉強をしている」人ではありません。本当の勉強とは、「受験に徹すること」を意味しています。「受験に徹すること」(「受験になりきること」)とは、「専門学校に通う」という点では、の上では同じであっても、実体が異なっていることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
 私は多くの受験生を見てきて、また、受験生の指導に当たって、家庭の経済事情が許すならば、アルバイトをせず短期集中型の勉強が、好ましい結果を導くように思っております。
 試験は「いっときのこと」であり、税理士としての本業は「一生のこと」であることを思うとき、「いっとき」の苦労を長い期間に分散することは、長い人生設計においてマイナスではないかと思っています。気持ちを分散せず、短期集中型の勉強で「試験になりきる」ことが、合格への道につながる最善の方策であるということです。

(会報『TKC』平成16年12月号より転載)