■職業会計人が遵守すべきコンプライアンス

TKC全国会会長 武田隆二

1.プロローグ

  本稿は、「コンプライアンスの意味と構造」と題する前稿(会報「TKC」平成15年2月号)に引き継ぎ、その後編をなすものである。
 コンプライアンスという用語は、ここ数年来、大企業を中心とした不祥事件と関連してにわかに流行語となった感がある。しかも、企業の経済活動ないし業務運営に係る違法行為に絡めて問題が展開されている。
 しかし、コンプライアンスという用語は、決して企業に固有の問題ではなく、個人の日常行為に絡んで絶えず問題とされるものであり、学校教育では「道徳」または「倫理」といった教科の主要内容となっている概念である。
「道徳」という場合、そこでは職業会計人である前に、人間としてあるべき「誠実さ」や「お互いに協調し合う和の精神」等の伝統的価値に基づき、「善と悪とを識別する知的判断」(道徳的判断)を教えることが基本となる。結論的に、人間としてどうすることが正義にかなっているかを判断する力(倫理的判断能力)が、重視されることになると考える。
 ここで小学校における「道徳」という科目を引き合いに出したのは、少なくとも、人間としてのあるべき姿の基礎には、かかる道徳的判断能力ないし倫理判断能力がなければならないということを、まず指摘しておきたかったからである。
 さて、前稿では、コンプライアンスの三層構造について触れた。現象面からこの階層構造を見るとき、フロントにはまず強制規範である法律等に従って行動をとらなければならないという「法令の遵守義務」がなければならず、次に、その特定個人が属する組織における規則等を守らなければならないとする「基準遵守義務」が続き、最終的には、当該個人が人間としてなすべき行為基準に従った「個別行為者の誠実な行為義務(倫理観に即した行為義務)」が予定されることにより完結する構造体系をとる。以上の関係は、「図1」で示すように、図形化される。
「図1」では、次のようなことが示されている。

(1)コンプライアンスの階層構造として示された3つの概念、すなわち、a.法令遵守、b.基準遵守、および、c.倫理観(誠実性)のうち、「サンクションの強さ」に従って表現したものが、図形の左側「サンクションの程度」で示したスクリーン(網)の掛かった矢印で、下の方が淡く、上に行くにしたがい色が濃くなっていく様子(グラデーション)が示されている。ここでサンクションというのは、法令等に従わなかった場合の罰則の強さを表現する概念である。図形でのグラデーションは、その強制力の強さを濃淡で表現したものである。

(2)図形の右側の矢印は、左側の矢印とは逆に、上から下に向かって流れている。矢印の上部はグラデーションの色が淡く、下に向かって次第に濃い色彩に変わっていく。これは本来コンプライアンスの基本が倫理観に強く根ざすものであることを表現しようとしたものである。

 さて、このような準備段階を経て、次に本題である職業会計人が遵守すべきコンプライアンス問題へと話を進めることにしたい。

2.税理士法で定めるコンプライアンス

 税理士の使命については、税理士法上、次のように明確に定められている。
「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。」(税理士法第1条)。
 前記の条文では、次のような内容が盛られている。
(1) 税理士は、「税務に関する専門家」として、十分な専門的見識を有する者であることが要請されている。――専門家としての見識
(2) 税理士は、「独立した公正な立場」において行為しなければならないということは、納税義務者や税務当局のいずれの立場にも与せず、偏りなき公正な倫理的行動を要請したものと解される。――誠実な倫理的行動
(3) 税理士は、「納税義務者の信頼にこたえる」ことが求められている。この要請は、国家財政上必要とされる経費を国民がその資力に応じて分担しなければならないとする税の性格から、納税義務者が自己の負う分担額を自ら確定する必要があるが、複雑な税法の解釈適用によりその適正額を算定するに当たって、専門家である税理士の援助を必要とする。そのようなニーズに信頼をもってこたえることが要請されている。――納税義務者の信頼への即応
(4) 税理士は、「租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ること」が求められている。この要請は、「租税に関する法令」を的確に遵守することで、社会的強制費用たる税の適正額を算定することにより、納税義務を適切に果たすこと、つまりコンプライアンスを明文で定めたものである。――法令遵守

 条文についての以上の分解解釈から、税に係る専門家である税理士が履行すべきコンプライアンスは、税理士法上、前記(2)での納税に関し独立の公正な立場からする「誠実な倫理的行動」と(4)での「税に関する法令の遵守」という2項目であることが明らかとなった。

3.TKCのコンプライアンス・プログラム

 TKCが「自利利他」を中核概念(パラダイム)として、3つの概念のトライアングル体制を確立していることは、既に他の箇所で触れた(会報「TKC」平成14年7月号)。この3つの概念とは、周知の次の諸概念である。
(1)「租税正義の実現」
(2)職業会計人の「職域防衛」と「運命打開」
(3)適正な記帳による計算書類の作成(記帳の信頼性と帳簿の証拠性)
 ここで、「自利利他」を中核概念とする構図というのは、トライアングル体制の中において、「自利利他」がトライアングル・レギュレータ(調節装置)として機能している体制であることを意味している。このことを図形化し、それとの関連でコンプライアンス・コンポーネント(法令等遵守の構成要素)が誘導される関連を示したものが、「図2」である。


「図2」では、次のようなことが示されている。
租税正義の実現」とは、前述の税理士法(第1条)でいうところの「租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ること」によって達せられるものと解してよい。そのことは、コンプライアンス履行の第一階層に属する「法令遵守義務」の履行であるといえる。
 次に、「職業会計人の職域防衛と運命打開」は、図形上、「組織ルールの遵守」によって実現されるものとして表現されている。具体的に、「組織ルール(社内規程等)の遵守」とは、日本税理士会連合会の会則等や各単位税理士会会則等の遵守がそれに当たるが、更に、TKC全国会では、職業会計人の「職域防衛」と「運命打開」を組織目標として掲げ、後述のように、それを実現するための「コンプライアンス・プログラム」を示しているのである。
自利利他」は、TKC文化においてトライアングル・レギュレータとして機能するものであるから、図形上、3つの直線で囲まれたトライアングルの各コーナに位置する3つの概念をコントロールないし調節するような働きをもっている。いわば、これら3つの概念の基底にあるものであるから、コンプライアンスの観点からは、税理士による「倫理観の保持」ということにつながるものと解される。
 適正な納税を達成しようと思うならば、その基礎には「記帳の信頼性」がなければならない。ここで「記帳の信頼性」とは、中小企業の場合、一般に内部統制が有効に機能しないことから殊に重視される。データのインプット段階における記録が、あますところなく(網羅性)、正しく(正確性)、適時に(一定の時間的間隔)、かつ、明瞭に(概観性と解読可能性)行われることにより、会計帳簿に証拠力が与えられることになる(帳簿の証拠性)。つまり、中小企業の場合、計算書類が有用性を持ちうるための条件として、「記帳の信頼性」はそれに対して絶対性を、また、損益がいかなる期間に帰属するかを決定する「会計処理基準」はそれに対して相対性を持つというべきであろう。
 かくて、「適正な記帳による計算書類の作成」は、職業会計人にとって記帳の信頼性を含む「会計基準の遵守」によって達成されることになる。
 以上解説したように、TKC全国会においては、従来から「図2」で示したような「自利利他」をトライアングル・レギュレータとするトライアングル体制がとられ、会員の総ての意識のうちに定着している。このようにTKC全国会の会員総ての意識のうちに定着した状態を「文化化した」という。かくて、TKC全国会には、「TKC文化の構図」が組織の基底に存在するといってよいのである。この構図をベースに、「TKC会計人の行動基準書」が作られている。


4.コンプライアンス・プログラムの明確化

 TKC全国会には、「TKC会計人の行動基準書」(以下、「行動基準書」という。)が設けられている。その内容は、職業会計人にとって必要不可欠な倫理規定とその実践規定から成り立っている。
 この「行動基準書」の第1版が策定されたのは、昭和53年1月20日付となっており、既に四半世紀前に、しかもTKC全国会が設立された昭和46年から数えて、僅か7年後のことである。
 その設定の趣旨は、飯塚毅名誉会長がTKCにとって、「集団的な自律の強化が、職業会計人の地位向上の唯一の道」であるという信念に基づいて、策定したものである」(会報「TKC」昭和53年8月号)。
 職業会計人の世界において、いち早く倫理規定を行動指針として設けたことは、いかにTKCが組織として、また、組織人個々において「倫理観」を重視してきたかが、窺え知れるところである。
 今日さまざまな不正事件に関連して問題が提起され、漸くにして倫理問題が華やかに、あたかも、新しい問題を発見したかのように騒がれる中に、かかる問題の重要性をいち早く感知し、組織原理として設定したことは、こんにちのTKC発展の「質的基盤」の形成に大きく貢献していることは理解に難くないところである。
 この「行動基準書」は、TKC全国会の目的を実現するために設けられたものである。その中では、次のように述べられている。

「TKC全国会は、わが国職業会計人の職域防衛と運命打開とを目的として開発されたTKCのコンピュータ会計システムを利用する職業会計人が、その事務所の業務水準の向上と関与先企業等の育成発展とを祈願して結成した………集団であり、その目指すところは「自利利他」………の理念の実践により、確固とした職業倫理と使命感とを堅持しつつ、社会と企業の発展に寄与することにある。」(『TKC会計人の行動基準書』第1章の1)

 前記の目的を達成するための指針として、「職業倫理8項目」が設けられている。そこで示されたそれら項目の位置づけは、次に示す「図3」のようにその骨格を表すことができるであろう。


「図3」で示された「職業倫理8項目」は、TKC会計人が職業会計人として実践すべき倫理を示したものとして注目したい。個々の内容については、TKC会計人にとっては周知の概念であるから、ここでは重複を避ける意味で割愛しなければならない。
 ただ、注目すべきこととして、次の2点を指摘しておきたい。

(1)

課題条件の第1に掲げられた「先見性」というのは、「社会と企業の発展に貢献するため」の基盤として、絶えず「自利利他」の精神を持って「先験的意識の発見と培養」に努めるべきことを定めたものであって、いわば「先験的意識の発見と培養」の基盤となる概念である。
 すなわち、ここで「先験的意識の発見と培養」というのは、どんな困難や誘惑にも心を動かさず、がまんすることによって、将来のことをあらかじめ見抜く力を養うべきことを諭しているものと解釈される。

(2)

健康体の維持」という第8要件は、「先見性」と表裏の関係にあって、健康体を絶えず維持することに心がけることが、「自利利他」を実践的行動の上に実現するための要件となるということを意味している。

 このように、「先見性」(自利利他)という観念的「理念」の世界と、「健康体の維持」という具象の世界とを両側面において位置づけていることに特徴がある。これら「抽象」と「具象」(具体)という左右両端の中間に、職業会計人としてのあるべき条件6項目が配置されていることが、構図として興味ある優れた点であると評価される。

5.税理士の担う2つのコンプライアンス

 以上において述べてきたことは、主に税理士が「税務に関する専門家」としての立場から守るべきコンプライアンスについて触れてきたところである。税理士の場合、税理士法第1条で定める「税理士の使命」が、「税務に関する専門家」としてのコンプライアンスを規定しているからである。
 税理士のいま一つの側面は、職業会計人として「適正な決算書類」を作成するという課題を担っている。その意味で、「会計に関する専門家」としてのいま一つの顔がある。現行制度においては、「会計に関する専門家」として適正な決算書類を作成し、その上で確定決算主義(法人税法第74条第1項)に基づき「税務に関する専門家」として「納税義務の適正な実現」(税理士法第1条)を図らねばならないのである。
 このように解するとき、税理士は第一次的には「会計に関する専門家」としてのコンプライアンスに従い、適正な決算書類を作成し、その決算書に基づき、法人税法で定める規定に従って、企業利益と異なる事項を「加算・減算」の手続により調整計算を加えることにより、適正な所得金額を求め、それにかかる税額を計算する課題を担っているといってよい。手続的に見た場合、「税務に関する専門家」としての役割は、会計にかかる書類をベースに適正な税額を算定することに課題があるのであるから、第二次的な役割として顕在化することになる。
 このように職業会計人としての業務は、本来、「税務に関する専門家」である前に「会計に関する専門家」でなければならないはずである。しかし、現行の税理士法(第2条第2項)では、税理士(または税理士法人)は、「税理士業務」以外に、税理士の名称を用いて、他人の求めに応じ、税理士業務に付随して、「財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する事務」(会計業務)を業として行うことができることとされている。
 業務的には、税理士業務(申告書等の税務書類の作成)の前に、会計業務がなければならないのであるが、この規定からは、会計業務は「付随業務」として、二次的な業務種類に分類されている。
 ここにおいて、税理士は税理士業務を主業務とし、会計業務を付随業務とする会計専門家であるということになるので、自ずから「税務に関する専門家」としてのコンプライアンスと「会計に関する専門家」としてのコンプライアンスとの2つの履行義務を課されているのである。

6.「税務に関する専門家」としてのコンプライアンス

 前で考察したように、現行の法制上は、税理士業務が主業務として位置づけられているため、本稿では、まず「税務に関する専門家」としてのコンプライアンスを概観することに課題がおかれた。
「税務に関する専門家」としての業務は、税理士法上は、次の3つの業務から成っている(税理士法第2条第1項)。
 (1)税務代理
 (2)税務書類の作成
 (3)税務相談
 上記3業務のうちの第2業務である「税務書類の作成」の中で、とりわけ重要な納税申告書の作成を取り上げてみたい。納税申告書(確定申告書)の中心は、課税所得の計算に係るものである。次に示す「図4」は、課税所得の計算に適用される法令等の重畳構造を示している。


「図4」は法人税法と租税特別措置法の関係を課税所得の算定の関係で示したもので、法人税法の本法体系では課税所得計算の本則を定め、租税特別措置法は政策立法を収容する関係から本則規定に対して特例的地位に立ち、本則規定で算出された課税所得を量的に修正する働きをもっている。「税務に関する専門家」にとって、適正な納税義務の履行のためには、避けることのできないコンプライアンスであるといえるであろう。
 以上述べた事柄についての総括は、「図1」で示した構造に沿って行われる。その全体像を再度別な視角から、「図5」に示すように、図形化しておきたい。


「図5」では、次の関係が示されている。

(1)

「法令遵守」の内容として、(A)法律、(B)政令および(C)省令の形で、法人税法本法規定と租税特別措置法の特例規定の内容を示した。

(2)

「基準遵守」の内容として、(a)通達と(b)業法を掲げるとともに、TKC全国会において定められた内部規定(会則、規約、職務規程等)について示した。

(3)

「倫理観」としては、TKC全国会においては、既に触れたように優れた「倫理規定」を定めている。

 以上が、「税務に関する専門家」として遵守すべきコンプライアンス構造といってよいであろう。                

                  (会報『TKC』平成15年3月号より転載)