■コンプライアンスの意味と構造

TKC全国会会長 武田隆二

1.プロローグ

  最近、コンプライアンスという用語が盛んに使われるようになった。それは、近年、大企業を中心とした不祥事件が内外において相次いで起こったことと無関係ではない。元来、コンプライアンスという用語は、法令遵守義務という限られた意味であったものが、不祥事の多くが法令という枠組みを超えて、人間としてなすべき倫理問題を意識しない行為に基づくものが目立つようになったことから、広い範囲の意味で使用されるようになった。
 最近の事例から明らかなように、企業不祥事の発覚によって、企業は信用を失墜し、破綻に至る事例が生ずるようになると、「企業のリスク管理」の観点から、コンプライアンス問題が取り上げられるようになった。そこでのコンプライアンスの意味は、単に法令遵守という限定された狭い内容を超えて、社内規則の遵守、さらには倫理観をもった行為等に至る広い意味に使用されるようになったといってよいであろう。
 かかる意味において、コンプライアンスは専門職業の総ての面で、その職業倫理との関わり合いで問題となる事柄である。かくて、職業会計人としてのコンプライアンスも必然的に重視されなければならない時代となったといってよい。
 本論では、そのような視点から、「職業会計人が遵守すべきコンプライアンス」をどのように考えるべきかというテーマを解明することに課題がおかれる。この本題に入る前に、コンプライアンスの意義とそれがどのような要素の集合として論理的に組み立てられているのか、あるいは、組み立てられるべきなのかについて考察することから始めなければならない。今回は、論文全体の前段をなすものである。

2.制定法の存在意義

 法律は、人間行為の許容されうる限界に「一定の枠組み」を設け、その枠組みを文書化したものであると解する。その許容されうる限界内での行為、換言すれば、法の定める規定内での行為については「自由な行動」を認める代わりに、その限界を超える「逸脱行為」については、それを罰するための規定(罰則規定)を定めるという仕組みが「制定法」体系の考え方の基底にあると解される。
 人間の経済行為は「利潤動機」に支えられている。人間はもともと「利己的存在」であり、自己の利益のためには他を傷つけても行動する動物であるという前提をおく限り、際限ない行為が横行し、「社会不安」(モラルハザード:倫理の欠如)に繋がりかねない。ここにかかる行き過ぎた暴走行為を事前に制限するための仕組み、すなわち「制御装置」が必要となる。法律規定をそのような意味での制御装置として理解し、それを遵守することが「コンプライアンス」であると理解する。したがって、法治国家における制定法体系のもとでは、法律の遵守義務としてのコンプライアンスは、必然的な「義務としての行為」であるといえる。


3.コンプライアンスの本来的意義

 法律を遵守することがコンプライアンスであるという場合、制定法体系の国においては、明文をもって定められた規定は当然に遵守されるべき性質のものであるということは、改めてコンプライアンスという用語を用いるまでもなく必然である。したがって、この場合は、あえてコンプライアンスという用語は必要とされないであろう。
 しかし、慣習法体系の国では、特定集団内において自然発生的に成立したルールが、不文律に、すなわち、暗黙のうちに守られるべきものとして人々の意識の中に定着し、安定化した場合、その安定したルールが、慣習法としての性質を持つこととなる。慣習法体系の下では、制定的な明文の規定が存在しないものの、法意識にまで高まったルールは、その組織を構成する成員がお互い守るべき義務として意識される。制定法ではないが、それについての遵守義務が発生する。これがコンプライアンスの本源的姿ではないかと考える。
 したがって、コンプライアンスという用語は、英米法体系の国において発祥した概念であるように思われる。独法等の制定法体系の国では、コンプライアンスという用語を用いるまでもなく、法律の遵守義務は必然の問題であって、あえてそのような概念をもって表現するまでもないことであるからである。
 しかし、近年、法律等それらを軸とした法体系以外に「企業倫理」に反するような企業行動、すなわち反社会的な行為が目立つようになった。それは社会の複雑化とは無関係ではあり得ないのであるが、そのような事態において遵守すべきは単に法令のみではなく、特定集団(組織)においてフォーマライズ(公式化)されたルール、ないしはインフォーマル(非公式)なルール等、社会的企業行動においてその組織の成員にとって規準となるような多くの規律が存在し、それらをも遵守すべきこととなる(特定組織内でのルールの履行)。
 その始発原理は正しい倫理観をもってする行動というところに行き着く。この「倫理観」に照らして誤りなき行為を実行することが、「誠実」という言葉で語られる領域である。法令に始まり、インフォーマルなルールや倫理観に基づく行為に至るまでのさまざまな段階の規律の履行について、それらを一括して、コンプライアンスという用語をもって語られるようになったものと忖度する。


4.「行為自由の原則」と「個別主観的判断の客観化」

 法令(法律、政令および省令)は、「人間行為の限界値」を示すものであるとした場合、法令をもって規制し、コントロール可能な「客観的価値基準の設定」がコンプライアンスの前提になると考える。
 法令のもつ本来の「属性」(「特質」ないし「特性」)は、特定領域における当該領域内の「行為規準の客観的限界値」(守らなければならない限界点)として特定化できるという点に特徴が認められよう。しかし、商行為の具体的展開は、その客観的限界値たる法令の枠内での「自由な行為の保証」という面に繋がるものであるということにこそ、法令のもつ意義がある。「行為自由の原則」に支えられた企業の意思決定行動は、それ自体法令違反に抵触しない計画設定に基づくとしても、その具体的展開の過程で社会秩序の維持という法理念に沿った行動であることが期待されることになる。ここにコンプライアンスという用語が登場する。
 コンプライアンスとは法令の枠組みの中での行為が、誠実に実施されることを意味するものであると解すべきであろう。法令の枠組みの中での行為が何を規準として「誠実性」を充足するかは、一般に個々の行為者に付託されることが基本であるが、企業規模が巨大化し、社会構造が複雑化してくると、個々の行為者が個別に判断することが不可能となってくる。そのために行為規準として、社内規則や特定組織内でのルールが設けられ、「個別主観的判断の客観化」(客観化された自主ルール)が採択され、実施されることになると解するものである。
 したがって、法令に準拠した行為は「適法行為」であり、当該適法行為を具体的に履行する面において、そこでルール化された行為規準に即した行為が「適正行為」と称されるものであるので、広い意味でのコンプライアンス(法令および客観化された自主ルール)に即した行為は、「適法・適正行為」として特徴づけられる。かかる適法・適正行為としてのコンプライアンスを個々人がいかに受け止め、実施するかの具体面において「個人的な真面目さ」あるいは「個人的誠実性」が問われるのではないかと考える。
 この個人的誠実性は、深く個人的な倫理観に関わってくるのである。そこで、差しあたり、倫理観とは、人間の本性に即して当然になすべきとされることを、歪めることなく行うこと、そのことを正しい行為とみる観方として規定しておきたい。かくて、誠実性は倫理観によって支えられているということになる。

5.コンプライアンスの三層構造

 このように見てくるとき、コンプライアンスの概念は、次の3つの階層構造から成るものとして規定できるのではないかと考える。
  第1階層 法令の遵守行為
  第2階層 特定の組織内のルールに則した行為
  第3階層 個別行為者の誠実な行為(倫理観に即した行為)
 これは、次に示す「図1」のように表すことができる。
 図形上明らかなように、行為者が輻輳した経済社会環境内において行動するに当たって、倫理的に恥じない行為(倫理観に即した行為)が、求められることは明らかであり、したがって、自己の抱く倫理観に照らして行動することが「誠実な行為」といわれる。すなわち、社会から疑惑や不信を招くことのないような透明性の高い行為を行うことが、誠実な行為といわれる内実となる。
 かかる誠実な行為は、すでに社内ルール等の「客観化された自主的ルール」をふまえた行為であることが前提であり、更にその自主的ルールが「法令」に即したルールである以上、法令違反なき行為であるということになる。より一般的にいえば、社会秩序を乱すような行為であってはならないということを、コンプライアンスでは求めているといってよい。「社会秩序の維持」ということが法の目指す目標である以上、コンプライアンスの意義をそのように規定してよかろう。

6.個別行為と集団行為

 現代社会において、殊に最近みられる大企業のさまざまな不祥事は、コンプライアンス違反行為であるが、それをどのように理解すべきかが問題となる。ここに至って、人間行為を個別行為と集団行為という2つの行為カテゴリーで理解する必要があるのではないかと思われる。
 それは会社ないし団体は1つの組織体であり、組織体は個々人の集合体(共同体)としての性格のものである。「個別行為」(個人の行動)は集団行為に拘束される。「集団行為」は組織としての意思決定により、その組織を構成する成員がとるべき行為の一様性を求めることになるからである。「トップ→ミドル→ロゥア」という組織の階層性を前提とする限り、その意思決定がどのレベルでの決定であるにせよ、意思決定は「行為の導きの糸」として、その一様性が期待される。その中には企業理念(経営パラダイム、社是、社訓等)も含めて考えるべきであろう。
 もしも集団行為が図で示した構図のもとで行われる場合は、問題が生じない。しかし、経営トップの誤った不正な決定、モラルに反する意思決定は、組織全体の集団行為として誤った方向へと導くことになる。
 この場合、個別行為と集団行為との間に離反が生じた場合、「内部告発」となって現れる。これは組織の集団行為のチェック機能として働く。すなわち、組織内に隠された不正を暴くために世の中に知らせたり、あるいは監督機関へ通報するということが、ここでいう告発である。

7.ネガティブ・コミュニケーション

 コンプライアンスは先に指摘したように、「社会秩序の維持」したがって、社会一般の秩序を乱さない行為を指し示す概念として規定されるが、かかる理解は法令遵守というネガティブ(消極的)な意義においてではなく、最近ではかかる誠実な企業行動が企業の「無形のブランド価値」を高めるという認識の下に、コンプライアンスを積極的な意義において捉えようとする行き方がありうる。
 コンプライアンス経営の実践ということを社会に告知することによって、消費者等から社会的信頼を勝ち取るというアプローチにみられる。マイナス面の改善をディスクローズすることで、よりよきステータスを得ようとする行き方を「ネガティブ・コミュニケーション」と名付ける。コンプライアンスの実践が、企業価値を高めるとする認識は、逆にコンプライアンスに違反する行為は企業価値を損ねることとなるという命題と同じである。一人の違反者が企業の存立を決するという事実が、最近の事件にみられる。その意味で、コンプライアンス経営は、企業の無形価値を高めるということではなく、それを維持するに必要な措置であるとみた方がよさそうである。「企業の無形価値の維持」ということにコンプライアンスの本質があると規定したい。そのことは先に指摘した「社会秩序の維持」という概念と軌を一にするといってよい。

8.コンプライアンス・パラダイムとコンプライアンス実践コンステレーション

 以上の考察を通じて、コンプライアンスとしてのあるべき姿(コンプライアンス・パラダイム)がハッキリしてきた。すなわち、「社会的に公正な企業行動の実践」ということがコンプライアンスの中核におかれることになる。それを実現するために、「法令の遵守」を基本として、社内的には「企業理念に即した行動」が求められると同時に、かかる企業理念をベースとして設けられた「社内規則あるいは組織内ルール」を確かなものとして履行することにより、組織としてその目標を達成することができることとなる。この関係を図形化したものが、「図2」である。
 ここで、「パラダイム」(paradigm)とは、本来、その用語の創始者であるトーマス・クーンの諸説を整理することにより、それを、
(a)規則・手続規範
(b)価値規範(共通の信念)
 という2要素に集約できるように思うのであるが、一般に企業パラダイム、企業文化、経営理念、経営戦略等の様々な呼び名をもって表現される「共通の価値規範」(企業の成員によって共通して持たれる信念、価値などの全体的構成)をもってパラダイムとして規定しておきたい。
 したがって、ここでパラダイムとは、コンプライアンスを実践するに当たっての共通の価値意識として理解されたい。
「図2」において示したように、「誠実性」と「倫理観」は、図形上、中心に位置づけられた「社会的に公正な企業行動の実践」というコンセプトからみて周辺に位置づけられている。つまり、「組織的コンテクスト」(organizational context:組織としての文脈:組織的背景)からみると、コンプライアンス・パラダイム全体に関わる条件のような形で表現されている。その意味するところは、組織的コンテクスト上、コンプライアンス・パラダイムにとって、ある種の「コンストレイント」(constraint:制約条件)として機能するということを意味するものである。個人であれ、組織であれ、個人や組織の本来的素性においてなすべき課題に忠実で、正義をもって実践するということが、総ての人間行為の基底にあるということでもある。
 組織的コンテクストからコンプライアンスの構造をみると、表層的に総てフォーマライズし、ルーリング化された規約の上での「履行義務」として表出する。すなわち、「図2」から明らかなように、次の3つの履行義務を認識しなければならない。
(1) 法令遵守義務の履行
(2) 特定組織内のルール(社内規則等)の履行
(3) 企業理念に即した行動
 これら明確に定義された規約の履行の上に立って、「社会的に公正な企業行動の実践」が可能となるという関連が確認できたのである。

9.コンプライアンス実践コンステレーション

 さて、「図2」は、規約履行義務の観点から、コンプライアンスを図式化したものであるが、その図形でコンストレイント(制約条件)として示された「倫理観」や「誠実性」が、実は人間行動の根元的なものとして、規約履行者である個人や企業の行動の中に、上の3つの規約履行行動を集約的に制約する関係に立つ。ここにコンプライアンスを実践する上での新たな図式化が必要となる。そこでは、コンプライアンスの履行主体を中心において、これら3つの履行義務の「ビジネス・コンステレーション」(business constellation)として表現することにしよう。
コンステレーション」とは語用的には「星座」を意味するものであるが、個人や企業(マネジメント)が空間的秩序体系のなかでパラダイムの担い手としてシステムに関わり合い、また、時問的秩序体系のなかに、パラダイム変革(経営戦略の創設と変更等)とシステムの変化との関わり合いの下で、直接的に自己を位置づけていこうとする「場」の関係を経営コンステレーションとして表現しようとするものである。
 そのための準備として、
    「主体」→「客体」→「規約」
 という3つの新たな「整理属性」をもって整理してみたいのである。その場合、行為者の視点から「主体」概念を中核とする形での図式化が必要となる。
 われわれ人間ないし企業(行為者)がとるべき行動の理想的像としては、少なくとも次に3つの概念の成層化された構造として組み立てられるものと考える。

(1)法令

統治者(国家)によって社会の秩序維持のために制定された規範――規約概念

(2)理念

物事のあるべき状態に係る基本的な思念(考え)――客体概念

(3)倫理

人として守るべき本源的な道――主体概念


 上記の3つの概念ないし要素は、相互に連携をとりながら行為者たる「主体」を中心にループを成した世界を演ずることとなる。したがって、「コンプライアンス実践コンステレーション」は、これら3つの要素の相互連関的ネットワークとして構成されるものである。これを図形化して示したものが、「図3」である。
「図3」でみられるように、3つの要素の相互的相対的関係の束動的均衡態)として観念しようとする点において、コンプライアンス実践コンステレーションの意義があるといえる。

 

 

 

10.コンステレーションの循環リンケージの分解図

「図3」でほぼ了解できたところであろうが、この図形の矢印の方向に従い、「外回り」と「内回り」の二方向が存在する。
 そこで、これら二方向の構図を分解する形で示してみよう。そうすることで、その循環の構造がより明らかになるように思うからである。まず、「図4」をみて頂きたい。
図4」では、次のことが描かれている。

(1) 「外回り」リンケージ
 まず、「外回り」の直線を辿ってみよう。

(c)

そこでは、まず、「規約概念→客体概念→主体概念→規約概念」という循環でみることができる。

(d)

法令」(規約概念)が行動の枠組みを決定するものであるから、それに「準拠」する形で、企業における「理念等」(客体概念:組織の価値規範として行為・実践の対象となるもの)がそれに抵触することのない形で設けられていることを確認する段階である。

(e)

主体」(主体概念:組織の成員ないしマネジメント)は、行為の実践者であるから、「法令の枠組み」の中で、組織の目指す「理念等」(組織の価値規範)に「準拠」する形で行動することが求められる。

(f)

行為者は、ただそれだけではなく、自らの中にビルトインされている「倫理観」や規約等を着実に誤りなく実践しようとする「誠実性」に照らして、現実に行動する。

(g)

行為者の行動結果は、絶えずチェックされ、法令、理念、倫理観に照らして行動していることを確認することが、最終的なレベルの事項となる。このことを図形上、「適法・適正性チェック」という表現で表している。

 以上の循環が、コンプライアンスの外回りの循環過程の内容となる。

(2) 「内回り」リンケージ
 次に、「内回り」の直線を辿ってみよう。

(ア)

そこでは、まず、「規約概念→主体概念→客体概念→規約概念」という循環でみることができる。

(イ)

「外回り」の場合と同様に、「法令」(規約概念)が行動の枠組みを決定するものであるから、それに「準拠」する形で、「主体」は行動することを強いられることになる。

(ウ) 

主体(行為者)は、「外回り」で確認し得た「法令」への「準拠」および「理念等」(組織の価値規範)への「適合」が達成されていることを「チェック」する。図形上、そのことを「準拠・適合性チェック」と表現している。

(エ)

 現実の行為の「場」において「行為の枠組み」である「法令」が現実の経済態様にそぐわないものがあるときは、そしてその不調和が高まった段階で「法令改正への要請」への力が働く。これを図形上、「改正へのフィードバック」という表現で表している。

 以上述べた、「外回り」と「内回り」との双方向的なコミュニケーションは、その循環が相互的ないし双方向的に円滑なフローを形成することにより、「公正性」(公正な企業行動)を達成したとみることができるのである。コンプライアンスは、まさにかかる循環の過程での各概念のリンケージの上に成り立っていると解される。      

                  (会報『TKC』平成15年2月号より転載)